東京高等裁判所 昭和59年(う)329号 判決
被告人 高橋祐子
〔抄 録〕
一 本件公訴事実は、「被告人は自動車運転の業務に従事するものであるが、昭和五三年二月一六日午後三時一〇分ころ、普通貨物自動車を運転し、那須郡那須町大字寺子丙三番地先の交通整理の行われていない丁字型交差点を黒田原駅方面から黒田原駅前通り方面に向け時速約一〇キロメートルで進行するにあたり、前方左右を注視し、進路の安全を確認しながら進行すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠たり、太陽光線に眩惑されて進路の安全を確認しないまま進行した過失により、進路左側を通行中の根本正一(七四歳)に気付かないまま、自車の左前部を同人に接触させて路上に転倒させ、同人に頭部外傷の傷害を負わせ、よって同人を、同年三月一一日午後〇時四七分、黒磯市大黒町二番五号菅間病院において、右傷害により死亡するに至らせたものである。」というものであるが、右公訴事実の記載だけからは、訴因としての注意義務ないし過失が<1>被告人において可能であった前方注視による進路の安全確認の義務とその懈怠であったのか、あるいは、<2>かかる義務が太陽光線による眩惑のため履行困難ないしは不能となった場合における停止義務とその懈怠であったのか、そのいずれとも判断し難く、明確さに欠けるものであるところ、原審第三回公判において、検察官は、右公訴事実につき、被告人の過失は太陽光線に眩惑された結果停止すべきであるのに停止しないで進行した過失である旨釈明して訴因としての過失が前示<2>の場合であることを明確にし、以後本件では、被告人が右折にあたり太陽光線に眩惑されて進路の安全を確認することができなかったのに停止せず進行したのか否かの点を中心に証拠調が行われたうえ、論告、弁論もまたこの点を中心としてなされたのである。
二 ところが、原審は、検察官の前記釈明にもかかわらず、判決において右釈明前の公訴事実の記載と同一の判示をしており、そこには検察官主張の停止義務の訴因を肯認したと解するに足りる「停止」等の文言を見出し得ないので、原判決の右判示は検察官主張の停止義務とは異なる注意義務である被告人において前方注視が可能であったのにかかわらずこれによる進路の安全確認義務を怠った過失を認定しているものであると解されるけれども、この過失は防禦方法においても異ならざるを得ない別個の過失というべきものであって、検察官の前記のような釈明があり、これをめぐって審理が行われてきた本件においてかかる別個の過失を認定するためには訴因変更の手続を経る必要があるものといわなければならないから、この手続を経ないまま右のような過失を認定した原判決には訴訟手続の法令違反がある<。>
(山本 佐野 近江)